本場アメリカ仕込みのドライエイジングビーフをはじめとする熟成肉が人気の「熟成兄弟」。有名アパレルブランドとのコラボや、サウナ関連イベントなど、既存の枠にとらわれない活動にも注目が集まっています。
今回は「熟成兄弟」ブランドの誕生から成長までのストーリーや、熟成肉へのこだわり、おすすめ商品などを取材しました。
[お話を聞いた人]
株式会社YT&H
代表取締役
藤原佑太さん
バンコクで意気投合した波多野嵩士さんと共に、「熟成兄弟」の代表を務める藤原さん。熟成肉をキーワードに、これまでにない食のトレンドを生み出しています。
熟成肉はまるで魔法
「熟成兄弟」結成までの道のり
熟成肉の製造・販売を手がける「熟成兄弟」。その他にも出張シェフサービス、アウトドア施設への熟成肉の卸販売、さらにはサウナ施設・グランピング施設を対象とした食のプロデュース業など、さまざまな事業に取り組んでいます。
▲「熟成兄弟」のお二人。写真左:波多野嵩士さん、写真右:藤原佑太さん
「熟成兄弟」は、今回お話を聞いた藤原さんと、波多野嵩士さんの二人で立ち上げたブランドです。
もともと学生時代から起業を考えていた藤原さんですが、在学中には事業を起こすまでには至らず、まずは会社員としてのキャリアを積むことになります。
その仕事の都合でタイに駐在していた時に、藤原さんは後のパートナーとなる波多野さんと知り合います。「一度きりの人生なら面白く生きよう」と意気投合した二人は、さまざまな事業に取り組みます。バンコクで幾度も失敗を繰り返していた頃、二人は和牛の輸出入のビジネスに携わる機会を得ます。そこで出会ったのが、自社で熟成肉を製造しているレストランです。
牛肉という手がかりをつかんだ二人はそれ以来、会社の仕事の空き時間を見つけては、国内の生産者のもとを訪ねる日々が続きます。とある生産者を訪問した際に、青空の下でのバーベキューに参加した藤原さんは、そこに流れる“豊かな時間”に感銘を受けたそうです。それと同時に「物質的に恵まれている日本では、今後こういう“時間”にお金が使われていくだろう」とも考えたそうで、それが熟成肉の事業を立ち上げるきっかけになりました。
特別な手間をかけるわけでもないのに変化していく。藤原さんにとって、そんな熟成肉はまるで魔法でした。バンコクでの出会いから6年後、二人は熟成肉をメイン事業とした「熟成兄弟」を結成。脱サラして、本場アメリカに熟成肉の製造方法を学びに行きました。
熟成肉づくりの師匠となったのは、藤原さんが以前に仕事で知り合った方。アメリカで有名な熟成庫のツアーを組んでくれたり、修行を終えて帰国したあとも写真やビデオを通じてアドバイスしてくれたりと、とても手厚くレクチャーしてくれたそうです。そうして本場仕込みのドライエイジングの技術を体得。度重なる試作の末に理想の熟成肉を完成させ、本格的に営業を開始します。
サウナ、アパレル、老舗酒蔵も
斬新なコラボ企画を次々に実現
スタートラインに立った「熟成兄弟」が、こだわりの熟成肉をどこで売っていくか。そのひとつの“売り場”がサウナです。ある食通の方が「サウナ後に食べる肉が一番旨い」と語る動画を見たのがヒントになりました。
今ではサウナはブームを超えて文化になり、「ととのう」という言葉が市民権を得るまでに至っています。ですが当時は、日本国内におけるサウナはまだ一部の人の趣味で、「アウトドアサウナ」「サ飯」なんていう概念もほぼ浸透していません。「熟成兄弟」が選んだのは、ライバルがいないニッチな領域を攻める戦略です。
最初は、各地で開かれるサウナイベントに顔を出しては情報交換を繰り返すという、地道な活動から始めました。現代のスタートアップがやりたがらないような“草の根活動”を続けて、ファンと人脈を徐々に増やしていった「熟成兄弟」。そこからブランドの成長が加速します。
▲アウトドアイベントの企画・運営にも積極的に取り組んでいます
「熟成兄弟」がサウナの次に着目したのが、情報発信力に優れたアパレル業界。これまでに培われた縁も助けとなり、セレクトショップ「Ron Herman(ロンハーマン)」や、ユナイテッドアローズが運営する「H BEAUTY&YOUTH(エイチ ビューティ&ユース)」とのコラボ企画が実現しました。
近年では成長の足がかりとなったサウナやアパレルだけでなく、奈良の老舗料亭、京都の老舗酒蔵とのコラボイベントを開催するなど、従来の食品製造の枠にとらわれない活動を展開し、その注目度は日増しに高まるばかりです。
瞬間的に脳が旨いと感じる
こだわりのドライエイジング
「熟成兄弟」が商品開発時に意識していることは、端的に言うとパンチ力。一口食べた時点で脳が旨いと感じるほどの“違い”を持った商品を創り出すことに注力しています。
そのために「熟成兄弟」では、自分たちが最も良いと思う他社製品と比べて、それを上回るものが完成した時だけ商品化する、というルールを決めています。実際に商品化された数は少ないですが、その分すべてが自信作です。
「熟成兄弟」の看板商品であるドライエイジングビーフは、栃木県の大田原市にある前田牧場が育てたホルスタイン牛を使用しています。ホルスタインと聞くと乳牛のイメージが強いかもしれませんが、藤原さんによると赤身の味わいが強く、熟成肉に適した肉質とのこと。数々の生産者を訪問して、その中から吟味した品種だそうです。
製造工程はアメリカで学んだ手法を忠実に再現。専用の熟成庫にて、10kgほどの塊肉を並べてドライエイジングしています。特定の菌を添加せず、その地域に存在する菌を活かして自然乾燥させ、熟成肉ならではのヘーゼルナッツのような香りを引き出します。
▲写真左:牛肉を仕入れる藤原さん、写真右:熟成庫内の様子
熟成の具合を大きく左右するのが温度・湿度・風力といった庫内の条件です。まず庫内は、室温0℃~2℃・湿度80%をキープ。これは熟成のための酵素が活発に活動しつつも、食品の安全性を担保できる状態です。また、乾燥中は秒速2mに設定した扇風機の風を当て続けます。これらの数値は、何度も試作と微調整を繰り返してたどり着いたものです。
この条件のもとで30日間ほど寝かせれば、熟成は完了。カビの付いた表面部分をトリミングして出荷されます。
▲熟成を終えた後の塊肉
▲ドライエイジングによって、赤身肉はしっとり柔らかくなり、ヘーゼルナッツのような熟成香が楽しめます
真空状態で熟成させるウェットエイジングと比べて、ドライエイジングは熟成香が強く出るため、より味わいの変化を楽しめる製法です。その一方でドライエイジングは、枝肉の状態から完成するまでにおよそ50%も重量が減り、切り落とされる部分も大きい、とても無駄の多い製法でもあります。
そこで「熟成兄弟」では、これまで廃棄されていた廃材を無駄にしないSDGsな取り組みも積極的に行っています。
例えば切り落とした部分を使って肉味噌を作ったり、発酵させて液状化したもろみを調味料に活用したり。こうして作られた“再生品”は、実際に商品として販売されることもあります。あくまでも熟成肉を作った時にだけ出る副産物なので、希少な裏メニューといったところでしょうか。将来的には骨の部分もペットフードに利用するなど、素材を余すことなく使い切ることを目指しているそうです。
多彩な商品で楽しむ
「熟成兄弟」のおいしさ
今回の記事では、看板商品のドライエイジングビーフ以外にも、「熟成兄弟」のこだわりを手軽に味わえる商品をいくつかご紹介します。
まずは「熟成兄弟のチョリソー」。素材は国産の豚肉を使用し、肉を詰める腸にも本物の豚が使われた“豚尽くし”な商品です。
▲熟成兄弟のチョリソー
味付けは4種類の香辛料を厳選。辛さの中にもインパクトのある旨みが感じられる、クセになる味わいが特徴です。絶妙な中身の撹拌具合や、赤身の部分と脂の部分のバランスなど、製法にもこだわっています。
▲湯せんした後、焼き色を付けて食べるのがおすすめ
続いては京都生まれのブランド鴨「京鴨」を使用した、「鴨ロースの燻製」。「京鴨」はプロの料理人からも選ばれる高品質な素材です。
商品誕生のきっかけは、「熟成兄弟」の商品製造を手がける工場が燻製事業にをルーツに持っていたこと。密閉した部屋に鴨を吊るして、桜のチップで燻すという伝統的な製法で作られています。
食べてみると、しっかりとした燻製香と鴨のコク深い旨みがよくマッチしています。チョリソーにも共通していますが、ソースをつけなくても食べられるほど、味や風味がしっかりしているのも「熟成兄弟」の商品の特徴です。
▲鴨ロースの燻製
最後に紹介するのが「熟成兄弟の牛タン」。こちらは、牧草だけを食べて完全放牧で育ったニュージーランド産のグラスフェッドビーフが使用されています。地球に負荷をかけない方法で育てられた、SDGsな牛です。
▲熟成兄弟の牛タン
製法の特徴は、ドライエイジングビーフと同様の環境で熟成させていること。あえて皮の部分を残したまま熟成させることで、必要以上に可食部分にカビが発生するのを防ぎ、21日間という長期熟成を実現。旨みを凝縮させるとともに、しっかりとした熟成香を引き出しています。シンプルに両面を焼いて塩で食べるのがおすすめです。
▲噛み応えがありながらも食べやすい、適度な厚さにカットされています。シンプルな味付けがおすすめです
全国の食卓を幸せに
“体験”を生み出す肉屋
次なる「熟成兄弟」のブランド展開のヒントは、藤原さんの原体験にありました。藤原さんが生まれ育ったのはよく肉を食べる家庭で、実家のステーキやすき焼きはどこのお店よりもおいしかったそうです。家族の仲も良く、みんなで食卓を囲むことはとても幸せな体験だったと藤原さんは語ります。
そんな素晴らしい体験を全国の家庭にお届けしたい。そのために計画されているのが、精肉店のオープンです。もちろん「熟成兄弟」のこと、ただ精肉を売るだけではありません。肉の楽しみ方を伝えるイベントを開催したり、キャラクターの立ったスタッフを配置するなど、エンターテインメント要素を持ったお店にしていきたいと考えています。
その他にも、サウナと焼肉を楽しめる施設を作ったり、新しくオープンするサウナのサ飯をプロデュースしたりと、サウナ関連の事業展開にも積極的です。ヘルシーであっさりしたサ飯を好む人もいれば、ガッツリと味の濃いサ飯を好む人もいて、後者の層にとって熟成肉はまさにベストマッチといえるでしょう。
若手が減ってきているといわれる食肉業界にあって、これまでの優れた伝統は受け継ぎつつも、斬新なアイデアと行動力で、新たな食シーンを生み出し続ける「熟成兄弟」。彼らの次なるアクションに、今後も目が離せません。
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