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職人の目利きと技術が光る“甘みのある”海苔。創業90年以上の老舗「東京蒲田守半」


職人の目利きと技術が光る“甘みのある”海苔。創業90年以上の老舗「東京蒲田守半」


古き良き日本の食文化。海苔はその伝統を色濃く表している食品のひとつといえるでしょう。数ある海苔店の中でも、創業から変わらぬ味と品質を追求しているのが「東京蒲田守半」です。

今回は「東京蒲田守半」の90年以上にもわたる歴史と、それに裏打ちされた目利きや技術力、海苔への深いこだわり、そしてお客様への想いなどを取材しました。教えてくれたのは、株式会社東京蒲田守半 代表取締役の湯澤元一さんと、営業部長の牧野誠さんです。


海苔養殖業発祥の地・大森
初代が修行を積んだ「守半」

1927年(昭和2年)に創業した老舗の海苔店「東京蒲田守半」。現在の代表である湯澤元一さんは、三代目にあたります。

湯澤社長、牧野営業部長

▲左:株式会社東京蒲田守半 代表取締役 湯澤元一さん、右:営業部長 牧野誠さん

初代の湯澤末政さんは長野県の農家出身で、8人きょうだいの末っ子。辺りを縦横無尽に走り回るような、とてもやんちゃな少年だったそうです。当時は長男が家を継いで、他のきょうだいは家を出ていくのが一般的だった時代。特に農作物が獲れない冬の間、子どもたちは修行も兼ねて外に働きに出ていたそうです。

末政さんが冬季の奉公先に選んだのが、焼き海苔の創始者である守屋半助さんが創業した「大森守半本店」でした。海苔は11月から2月が収穫時期。末政さんは冬の最盛期に海苔店に勤めながら、仕入れや製造について学びました。

守半本店創業者 守屋半助氏

▲末政さんが修業した「大森守半本店」の創業者・守屋半助さん

ちなみに「大森守半本店」がある東京・大森は、海苔養殖業の発祥の地として知られています。海水と淡水の混ざる場所は、おいしい海苔が獲れます。きれいな水が流れ込む多摩川河口に近い大森は、良い条件がそろっていました。

残念ながら現在では大森の養殖場はなくなってしまいました。ですが、海苔養殖の技術は有明海や瀬戸内海など全国に広まっていて、その発信源となったのが大森です。そんな大森には、現在でも海苔の加工業者や海苔問屋が多く残っています。

今では当たり前のように食べていますが、栄養価が高くて保存の効く海苔は、当時はまだ嗜好品でした。江戸時代には将軍に献上されたという記録も残っています。

 

お客様を大切にする精神
地元に愛される海苔屋さん

“海苔のふるさと”大森で修業を積んだ末政さんは、やがて自分のお店を持つことになります。それが「東京蒲田守半」の前身である「守半海苔店 蒲田支店」です。創業した1927年当時はバラックの店舗でした。出店した場所は、東京の蒲田駅前。大森にほど近い蒲田はちょうど鉄道が通りだして、今後の発展が見込まれていました。

オープン直後から業績は好調。海苔の目利きに定評のあった末政さんが仕入れた商品を、全国から買いに来るお客様が絶えませんでした。朝にお店に並べておけば、勝手に売り切れてしまうほどの盛況ぶりだったそうです。

「東京蒲田守半」の創業者・湯澤末政氏

▲当時の店舗の様子と「東京蒲田守半」の創業者・湯澤末政さん

「東京蒲田守半」は「贈られて贈りたくなる守半の海苔」という標語とともに、地元に愛される海苔屋さんであることを心がけてきました。戦争による中断をはさみつつ、昭和後期までは家族経営で運営していたそうで、末政さんの奥さん(三代目 元一さんのお祖母さん)はお客様をとても大事にされる方でした。

その姿勢を表すエピソードがあります。ある日ふらっとお店に来店して、お茶だけ飲んで何も買わずに帰ったお客様がいました。当時少年だった元一さんがそれをいぶかしがっていると、お祖母さんが「ここに足を運んでもらえるだけで可能性がある。来てくれた方はみんなお客様なので、買わなくてもいいの」とたしなめられたそう。

また、海苔を求めるお客様の声に応じて、定休日にお店を開けたこともしばしば。お店の2階に住んでいた元一さんは、休みの日にシャッターを開ける音を聞くと「あぁ、またやってるな」と思ったそうです。

海苔はお盆や正月にはギフトとしても重宝されたため、年末年始のお休みはほとんどありませんでした。その影響なのか、なんと元一さんは大学生になるまで『NHK紅白歌合戦』の存在を知らなかったそうです。

蒲田西口アーケードに構えていた店舗の様子

▲蒲田西口アーケードに構えていた店舗の様子

そんな時代を経て、「東京蒲田守半」は現在まで90年以上も続いています。「大森守半本店」からのれん分けを受け、「守半」の名を冠した海苔店は、現在では「東京蒲田守半」ともう1店が残っています。

お店の成長と時を同じくして、蒲田は商業施設が立ち並び、複数の路線が乗り入れる大きな街になりました。「東京蒲田守半」はこの地の歴史をずっと見守ってきた、まさに生き字引というべき存在です。

地域を大事にする一方で、海苔を世界に広めるため、海外進出にも取り組んでいます。日本の食文化は海外で大人気。海苔も多くの外国人に好まれているそうで、今では香港やシンガポールの高級日本料理店に商品を卸しています。

 

甘みを残すミディアムレア
職人技による火入れと焼き

ここからは「東京蒲田守半」の海苔製造におけるこだわりをご紹介します。

まず仕入れですが、「東京蒲田守半」では、やわらかくて香りの高い海苔“一番摘み(初摘み)”を買い付けるのが、初代からの伝統です。

海苔イメージ

▲優れた目利きで仕入れた、やわらかくて香りの高い一番摘みの海苔を使用しています

ところで、海苔はどうやって作られるのでしょうか。

養殖場の海水の中で育てられた海苔のタネは、およそ2週間で20cmほどの葉を伸ばします。この葉のうち2~3cmほどを収穫して真水で洗ったのち、ミンチ状に細かく切ります。これを和紙を漉くようなイメージで型に流し込んで、乾燥させて固めます。

海苔は同じタネから3~5回ほど収穫できますが、回数を重ねるにつれて味や香りは落ちていきます。そのため、漁期の中でも最初に獲れた一番摘みは、品質が高く貴重な海苔なのです。

漁場から買い付けてきた海苔は、乾燥してはいるものの、まだ水分の含有量が30%ほど残っている状態です。それを「火入れ」という工程で、もう一度乾燥させます。この工程も海苔屋さんによって方法が異なり、焼いたあとの色や香りが変わってきます。「東京蒲田守半」では創業期から変わらない火加減で火入れを行っています。

そのあとはいよいよ焼く作業に入るのですが、ここも海苔屋さんの個性が出るところ。守半には「甘めに焼け」という教えがあるそうで、これを「東京蒲田守半」では一貫して守っています。

元一さんによると「肉でいえばミディアムレア」。焼き上がった海苔を光にかざしてみて、もともと紫色だったものが焼かれて緑色に変化した中でも、焼き色が入らない部分が少し残っている程度の焼き加減。この状態が、甘みがあっておいしいのだそうです。

光にかざした海苔

▲海苔を光にかざしてみると、真っ黒ではなく緑がかっているのが分かります

大手メーカーではオートメーション化が進んでいますが、「東京蒲田守半」では今でも人の目で見て、人の手で焼き加減を調節しています。海苔は同じランクの中でも生産者によって厚みが違うことがあります。一枚一枚の海苔の状態を見極め、常にベストな火力に調整するのが職人のなせる技です。

海苔焼き器

▲海苔焼き器。職人さんが一枚ごとに焼く火の強さを調整します

「東京蒲田守半」は昔ながらの味を守るだけではなく、食品の安全性にも妥協がありません。海苔の業界で導入されているHACCP(ハサップ=安全な食品を提供するための衛生管理手法)に基づいた食品製造を行っています。昔は自宅の1階で海苔を焼いていましたが、現在では作業場と事務所を隔離し、スタッフは白衣と帽子を着用しています。

時代が変わっても、味や香りは変わらない。伝統をしっかりと受け継いだ「東京蒲田守半」の海苔は、多くの人たちに愛されています。

 

高級ギフトも訳あり品も
多彩なラインナップ

「東京蒲田守半」の人気商品は、何といっても「頂」や「極上のり」をはじめとする高級ライン。昭和の時代からギフトとして非常に人気です。封を開けた瞬間に立ち上る香りと、歯切れの良さは格別。海苔本来の風味を感じられる贅沢な逸品です。

本場大森乾海苔 頂(いただき)

▲「本場大森乾海苔 頂(いただき)」。日本で獲れる海苔のうち、わずか数%と言われる一番摘みの「立芽の藻」のみを使用した逸品

今回は、もう少しふだん使いに適した商品もいくつかご紹介しましょう。どれもリーズナブルに老舗の味を楽しめるものばかりです。

まずは「焼海苔 はねだし」。商品名の“はねだし”とは、ギフト用の海苔を焼く過程で生じる“割れ”や“欠け”によって、規格外としてはじかれてしまった海苔のこと。こちらは20年以上にわたるロングセラー商品「旬の香り」の“はねだし”ということで、香り高くて旨みがたっぷりな有明海産の海苔のおいしさをお得に楽しめます。

焼海苔 はねだしパッケージ

▲「焼海苔 はねだし」


お次は、同じく有明産の海苔を使った“はねだし”の味付タイプ「味付海苔 はねだし」。少し辛さを感じられる、比較的あっさりめの仕上がり。ご飯にもよく合います。「はねだし」シリーズは規格外とはいえ、普段使いには充分です。

味付海苔 はねだしパッケージ

▲「味付海苔 はねだし」


続いては、通常の海苔に青海苔が混ざった「青まぜ海苔」。秋のごくわずかな期間に、兵庫県の限られた地域でしか生産されないという“幻の海苔”です。豊かな香りと、ほんのりとした苦みが特徴で、チーズと合わせるのがおすすめ。お酒のつまみとして相性抜群の組み合わせです。

青まぜ海苔パッケージ

▲「青まぜ海苔」


ラストは発売から約20年の人気商品「海苔屋さんがつくったちょっと贅沢すぎる海苔茶漬」。ふだんは脇役になりがちな海苔を主役にしたいという想いから生まれた、オリジナリティあふれる一品です。

特徴はなんといっても海苔の量。ふつうのお茶碗で食べるのは非常に危険。大きめの器を使わないと、本当に海苔があふれます。発売してからリニューアルを重ね、そのたびに海苔を増量していって、素材もリッチなものを使っていって、今の姿になったそうです。

海苔茶漬パッケージ

▲「海苔屋さんがつくったちょっと贅沢すぎる海苔茶漬」

海苔茶漬の中身

▲これで1袋分。海苔の量が尋常じゃありません

海苔茶漬シズル写真1

▲大きめの器にご飯を入れて、海苔茶漬をかけました。ちなみにご飯は電子レンジで温める一般的なレトルトご飯を使いましたが、海苔でまったく見えなくなりました

海苔茶漬シズル写真2

▲お湯を注ぐと、さらに海苔の香りが際立ちます。シンプルな味付けで、高品質な海苔の香りをとことん楽しめます

贈答用の海苔を成型した際に出る切れ端などを使っているため、風味・香りとも間違いありません。塩気を抑えたあっさりした味付けになっていて、素材の味わいをしっかりと感じることができます。

海苔茶漬の製造風景

▲海苔茶漬の製造風景。たっぷりの海苔を袋に詰め、パッケージングします

海苔茶漬け製造風景

▲製造場内には端材から生まれたきざみ海苔が大量にあります。これが海苔茶漬の原料になります

海苔のボリューム感は確実に話のネタになりますし、パッケージもおしゃれなので、手土産やばらまきギフトにも便利です。

 

新商号「東京蒲田守半」
蒲田から世界を見据えて

先ほどから当たり前のように書いている「東京蒲田守半」という名前ですが、同社がこの商号になったのは2021年10月のこと。それまではビジネスの多角化を意識しての「守半總本舗」という名称でした。

海苔茶漬け製造風景

今回の商号変更には、さまざまな理由があります。

そのひとつが、2027年に創業100周年を迎えるにあたり、足元を見つめなおすこと。原点回帰という意味で、自分たちのルーツである「東京・蒲田」という地域名を入れたかったそうです。海外に進出した時に、地名が入っていればどこの国から来たかが一目で分かるというのも狙いです。

また「東京蒲田守半」では通販事業にも力を入れたり、デザイン性に富んだ「アート海苔」、そして「サンリオ」や「刀剣乱舞」とのコラボといった新しいプロジェクトにも積極的に取り組んでいます。

蒲田の地に根差しつつも、世界に視野を向ける。先代までの精神を守りつつも、日本文化を革新的な形で発信していく。そんな想いが「東京蒲田守半」という名前に込められているのです。

優れた素材を使い、伝統の製法で焼き上げた逸品は、海苔という食べ物のおいしさをあらためて実感できます。装いも新たに日々進歩し続ける「東京蒲田守半」こだわりの海苔を、ぜひご賞味ください。

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